ドキュメンタリーをスタート地点に、どう考えたらいいのか、その考えるための仕組みを提供しながら、分析的な視点を持ってもらいたい
- Asian Docs
- Apr 23
- 9 min read
大妻女子大学 人間関係学部「ジェンダーとメンタルヘルス」の講義で利用
東京大学大学院総合文化研究科附属共生のための国際哲学研究センター(UTCP)
上廣共生哲学講座 特任助教 山田理絵さん
大妻女子大学で非常勤講師をつとめる山田さんが、講義でアジアンドキュメンタリーズの配信作品をご活用いただいています。どのようにドキュメンタリー映画を使用されているのか、お話を伺いました。
――アジアンドキュメンタリーズを知ったきっかけは。
X(旧twitter)の広告を見たのがきっかけです。広告で紹介されていた作品に興味を持ち、サブスクリプションに登録しました。アジアンドキュメンタリーズを視聴し始めた理由は、個人的関心もありましたが、教育利用ができるという点にも惹かれたからです。
私は2023年度から「ジェンダーとメンタルヘルス」の授業を担当していますが、当初から、授業にドキュメンタリーを含む映像資料の視聴とディスカッションを組み込んできました。昨年度の受講者の声として「ドキュメンタリーの授業が一番面白かった」、「リアリティがあった」などがあり、手応えを感じたので、今年度もドキュメンタリー映画を使って授業ができたらいいと思っていました。しかし、無数の作品があるので、自力で適切な作品を探し上映するのは大変です。そんな時にアジアンドキュメンタリーズに出会いました。そこで授業内容に適した作品を見つけて教育利用の申請をさせていただきました。
――「ジェンダーとメンタルヘルス」は、どんな授業なのですか。
「ジェンダーとメンタルヘルス」の授業は、健康や病気に関する人々の考え方や行動の仕方、病気の現れ方などを、ジェンダーという視座からみつめる内容です。私の専門領域は社会学ですので、特に社会学的な先行研究や方法論を紹介しています。
――『魔法の鏡を求めて』を選んだ理由は。
この授業のテーマの一つとして、<「美」に関する社会規範や身体コントロールの実践が、メンタルヘルスにどのような影響を与えうるのか?>ということを扱っています。「美しさ」や外見に関する社会規範は、時に人々に抑圧的に働き、時にメンタルヘルスの問題につながることがあります。この授業では、ダイエットと整形を例として取り上げて、「なぜダイエットや整形をするのか?」「それは本当に「自分のため」に実践しているのか?」といったことを受講者に考えていただきました。
特に、整形について考える際に、『魔法の鏡を求めて』がとても良い作品だと思い上映を決めました。「整形」は近年一般化してきましたが、功罪の両面があると思います。良い点は、自分が整形したことを「言ってもいい」という雰囲気が生まれ、ある種の偏見が減少しているであろうことです。一方で、整形が身近になったことで「やらなければいけない」という圧力に変わる恐れもあります。中高生に整形を勧めるような美容クリニックの電車広告が議論の対象になったことがありますが、このように身近になりすぎたことが新たな抑圧を生み出していると言えるでしょう。
『魔法の鏡を求めて』のユニークな点は、男性医師が主人公として登場するところだと思います。中国で美容クリニックを営む彼は、多数の医療スタッフを雇用し、豪華なクリニックを運営しています。整形手術の様子をオンラインで配信したり、自身の写真などを展示する博物館をオープンしたりするなど、様々な方法で自分の技術やクリニックを宣伝しています。彼が患者を診察している様子は、一見すると女性患者をエンパワーしているようにも見えますが、彼の日常の様々な場面に迫るレンズ越しには、彼の欲望が非常によく見えてきます。また、クリニックで働いている医師はほとんど男性なのに対し、患者は全て女性であるというジェンダーの非対称性が描かれているところもポイントです。このドキュメンタリーを鑑賞することによって、人が「もっと美しくなりたい」、「コンプレックスをなくしたい」という気持ちを持ったり、実際に整形をしたりする背景に、資本主義とジェンダーに関する社会構造的な問題がどのように関わっているか、受講生に考えてもらえるのではと思いました。

『魔法の鏡を求めて』アジアンドキュメンタリーズで配信中
――『チャイニーズ・クローゼット』を選んだ理由は。
こちらは<セクシュアルマイノリティであること、そのことによって社会的に抑圧されることはメンタルヘルスにどのような影響を与えうるのか?>というテーマを扱った授業で視聴しました。
この作品は、2010年代の中国における同性愛と偽装結婚をテーマに描かれている作品です。作品の説明にもあるように、中国では1997年まで同性愛は犯罪であり、非犯罪化された後も精神疾患として扱われてきたという歴史があるとのことです。現在は非犯罪化、非医療化されていますが、少なくともこのドキュメンタリーが撮られた頃までは、同性愛者に対して根強い偏見や差別があることは明らかでしょう。この映像では、同性愛者に対する社会的な抑圧や排除が具体的にどのように行われてきたのか、それに対してドキュメンタリーに登場する当事者たちがどのように考え行動するのかが描かれています。
視聴した学生からは、中国で結婚と子育てを親孝行とする社会規範があり、そのプレッシャーが(おそらく日本よりも)とても強いことや、そうであるがゆえに、セクシュアルマイノリティの人々が偽装結婚をすることがあることが驚きを持って受け止められていました。
このドキュメンタリーを視聴した後、学生さんには、ドキュメンタリーに関して他の参加者と話し合ってみたい「問い」を考えてもらいました。これらの「問い」を参加者全員で共有し、3〜4名のグループで、話したいトピックで議論してもらうというワークショップをしました。多くの学生が、「自分に置き換えたらどうするだろう」と考えていたようです。例えば親の視点に立ってみたり、本人の視点を想像してみたり、いろんな視点で作品の内側に入って、この作品を解釈しようという学生が多かったです。

『チャイニーズ・クローゼット』アジアンドキュメンタリーズで配信中
――学生の反応はどうでしたか。
ドキュメンタリーを視聴した後のディスカッションはとても活発でした。また、レポートを読んでいると、当たり障りのない抽象的な感想ではなく、具体的で自分自身の言葉で書かれた感想や考察が沢山でてきました。
これは、どちらのドキュメンタリーも、多くの人が興味を持つような題材、出演している人々の現実にせまった素晴らしい作品であったからだと思います。また、ディスカッションを通じて他の受講者と対話することで、より豊かな表現ができるようになったのだとも思います。
ちなみに、整形に関連する問題として、脱毛についてディスカッションしたグループが複数ありました。しなくても生きていけるのに、なぜかある年齢になると脱毛をすることが当然のようになる。その圧力は男性よりも女性の方が強い。自分たちがまさに今、そういう年代に差し掛かっているので、疑問を感じる学生が多いのかもしれません。
(参考:受講生の感想)
『魔法の鏡を求めて』 PDFをダウンロード
『チャイニーズ・クローゼット』 PDFをダウンロード
――授業では「問い」を考えるという取り組みがありました。ただ感想を述べるだけでなく「問いを立てる」「問いをみんなで考える」という設定が素晴らしいと思いました。
「問いを立てる」「問いをみんなで考える」というアプローチは、哲学者の梶谷真司先生の哲学対話の実践や、本務先(東京大学UTCP)で哲学を専門とする同僚に囲まれて仕事をしてきたことに大きく影響を受けています。
作品それ自体について感想を語ることも大切ですが、受講者にはドキュメンタリーをスタート地点に、なにをどう考えたらいいのか、考えたことをどう表現したらいいのかを身につけていただきたいと思っています。
そのために、全15回の授業のうち初期の段階から、受講者同士が話しやすい雰囲気や、考えを深めるための仕掛けを提供するよう心掛けています。特に、「みんなが持ってきた問いを一覧にして配って、他の人がどういう問いの立て方をしているのかを見る」あるいは「オンラインのコメント共有ツールを使って、その場でコメントを入れてもらいながら議論を深める」という手法をとった時は、話題が広がる、と受講者のみなさんに比較的評判が良かったです。
学生たちが、授業で扱った内容だけをただ受け取るのではなく、授業を通じてもっと知りたいと思うことを自分で見つける力や、分からなければ自分で調べたり人と話し合ったりして学び続ける姿勢を身につけるサポートができればと思っています。
――アジアンドキュメンタリーズを学校教育で使いたいと思いながらも、決断をためらっている先生たちにアドバイスがありますか。
大学教育は講義中心からアクティブラーニングをより積極的に取り入れるような雰囲気に変わってきました。
私が大学教育を受けた頃と比べても、制度や状況は大きく変化しています。私は7年前から非常勤で大学での講義を担当していますが、どうすれば授業がアクティブになるのか、教育効果をあげるにはどうすれば良いか、そして参加者にとって受けてよかったと思う授業をするには何が必要なのかを考えながら、少しずつ授業の運営方法を変えてきました。もちろん今でも授業が完成している訳ではなく、アクティブラーニング講習に行ってみたり、自分が参加者としてワークショップを体験したりしながら、より効果的でかつ楽しい授業のあり方を模索しています。
ドキュメンタリーを用いた授業も、私にとっては挑戦的な試みでした。なのでアドバイスとなるようなことは言えないのですが…ただ、授業設計を精緻にすれば、ドキュメンタリーは良い授業の素材として活用できると考えています。
使用をためらわれている場合、ドキュメンタリーのような時間が長いものをどのように授業の中で視聴するのか、学生からの質問に全部答えられるだろうかといった懸念があるかもしれません。
例えば私は、授業の中で次のようなサイクルを作っています。まず「テーマについて授業をする」+「文献を読んでもらう」→「テーマに関連する映像資料を視聴する」→「個人で感想や考えをまとめる」→「ワークショップで他者と対話する」→「レポートでテーマについての総括をする」という流れです。このサイクルの中にドキュメンタリーを組み込んでいます。また、先ほども述べたように、ドキュメンタリーは参加者たちが学び考えるための出発点なので、担当者が思ってもみなかった質問や意見が出てくることはむしろ教育効果のひとつだと思います。
アジアンドキュメンタリーズでは、すでに他校での教育利用事例がいくつもあるとのことでした。今後、色々な場所で授業やワークショップをされている先生方と交流できたら良いなと思っています。
弊社代表の伴野も見学させていただきました。
【利用作品】
『魔法の鏡を求めて』
『チャイニーズ・クローゼット』